
労務費の基礎について、解説していきます!
工業簿記における労務費とは?製造原価との関係
労務費とは、ひと言で言えば人件費のことです。
しかし、製造業の会社だからといって、全ての従業員や役員の人件費が工業簿記で扱う「労務費」、つまり製造原価になるわけではありません。
工業簿記において製造原価の対象となるのは、工場で働いている人の人件費のみです。
例えば、工業簿記では、会社は「本社や営業所、支店など」と「工場」という2つのグループに分けて考えることが多いです。
本社などには役員、事務員、営業担当者などがいます。
工場には、製造作業を行う工員のほか、工場事務員や守衛などがいます。
本社などで働く人の人件費は、簿記3級で学習したように「給料」などの勘定科目で処理され、販売費及び一般管理費として損益計算書に直接計上されます。
これらの人件費は製造原価にはならず、工業簿記で扱う労務費ではありません。
一方、工場で働く人の人件費(労務費)は、発生したらすぐに費用(損益計算書)となるのではなく、一旦「仕掛品」という勘定科目に組み込まれます。
そして、その仕掛品が製品となり、最終的に売れた時点で初めて「売上原価」として損益計算書に計上されるという流れをたどります。
工業簿記の解説では、工場の敷地内で働く人の人件費を「労務費」と呼び、主に「賃金」という勘定科目を使ってしょりしていきます。
労務費の分類:直接労務費と間接労務費
工場で発生した労務費(賃金)は、さらに「直接労務費」と「間接労務費」に分けられます。
この区分は、製品の製造原価を計算する上で非常に重要です。


直接労務費 | 特定の製品の製造(直接作業)に直接携わった時間分の賃金です。 主に、製品の組み立てや溶接など、特定の製品に直接結びつく作業を行う「直接工」の賃金のうち、その直接作業時間分が該当します。 |
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間接労務費 | 直接労務費以外の、工場で発生する全ての人件費です。 |
間接労務費には、以下のようなものが含まれます。
間接工の賃金 | 直接工以外の工場で働く人の賃金です。 |
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工場事務員や守衛 の賃金 | 工場内で働いている、製品を作る人以外の賃金です。 |
パート・アルバイト の人の賃金 | 簿記の学習においては、パートやアルバイトの人がたとえ直接作業を行っていても、その賃金は通常間接労務費として扱われます。 |
法定福利費 | 社会保険料(厚生年金保険、健康保険、雇用保険、労災保険など)の会社負担分や従業員負担分も、間接労務費として扱われます。 |
直接工の賃金のうち、 間接作業時間分 | 直接工であっても、特定の製品に直接関わらない作業時間(機械の準備や清掃など)に対応する賃金は間接労務費となります。 |
このように、労務費は製品との関連性によって直接費と間接費に区分されます。
特定の製品に直接紐付けられるものが直接労務費、それ以外が間接労務費です。
給与計算期間と原価計算期間のズレとその処理
工業簿記の原価計算は通常、毎月1日から月末までの1ヶ月間を単位として行われます。
これを原価計算期間と呼びます。
一方で、会社が従業員に給与を計算し、支払うための期間(給与計算期間)は、会社によって異なります。
例えば、「毎月21日から翌月20日まで」を計算期間とし、その月の月末などに支払う、といったケースが多いです。


この給与計算期間と原価計算期間にズレがあることが、工業簿記の労務費計算を複雑にする要因の1つです。
給与の支払いは「現金ベース」(支払ったら仕訳する)で行われるのに対し、原価計算期間は「発生主義」(発生した費用を計上する)で考える必要があるためです。
このズレを調整し、毎月末の原価計算期間に対応する労務費を正しく把握するために、毎月末に「未払賃金」を計上するという処理が必要になります。
給与計算期間の締め日(例:20日)から月末までの労働に対応する賃金は、月末時点ではまだ支払われていないため、これを未払額として計上するのです。
商業簿記では決算時のみに行う経過勘定(未払費用など)の処理ですが、工業簿記の原価計算は毎月行うため、未払賃金の計上も毎月末に行います。
さらに、前月末に計上した未払賃金は、翌月の月初に「再振替仕訳」によって元に戻す必要があります。
この再振替仕訳は簿記2級で必須の論点であり、工業簿記でも登場しますのでしっかりと理解しておきましょう。
給与支払時の仕訳
給料日には、従業員に対して給与総額から所得税や社会保険料の従業員負担分などを差し引いた後の金額(手取り額)を支払います。
差し引いた税金や社会保険料は、会社が従業員に代わって関係機関に納付します。
この際の基本的な仕訳は以下のようになります。
(社会保険料等の会社負担分は含めずに、当座預金から支払った場合です。)
借方 | 貸方 | ||
賃金 | XXX | 預り金 当座預金 | XXX XXX |
この仕訳により、給与総額が一旦「賃金」勘定の借方に計上されます。
月末の未払賃金計上と労務費の振替仕訳
毎月末には、原価計算期間(1日~月末)に対応させるため、その月の給与計算期間の締め日以降から月末までに発生した、まだ支払っていない賃金(未払賃金)を計上します。
未払賃金計上時の仕訳は以下のようになります。
借方 | 貸方 | ||
賃金 | XXX | 未払賃金 | XXX |
この未払賃金の計上によって、「賃金」勘定の借方合計額が、その月の原価計算期間(1日~月末)に発生した労務費の総額となります。
この金額が、その月の製造原価(仕掛品または製造間接費)に振り替えられるべき金額です。
最後に、月末にこの賃金勘定の金額を締め切り、製造原価へ振り替える仕訳を行います。
振り替えは、先に説明した直接労務費と間接労務費に区分して行います。
借方 | 貸方 | ||
仕掛品(直接労務費) 製造間接費(間接労務費) | XXX XXX | 賃金 | XXX |
直接労務費と間接労務費への振り分けは、直接作業時間と間接作業時間の比率などに基づいて計算します。
まとめ
工業簿記の労務費は、工場で働く人の人件費のみを指し、製造原価となります。
労務費は、特定の製品に直接結びつく直接労務費と、それ以外の間接労務費に区分されます。
給与計算期間と原価計算期間のズレを調整するため、毎月末に未払賃金を計上し、翌月初には再振替仕訳を行います。
給料日には現金ベースで支払時の仕訳を行い、月末に未払賃金を計上することで、その月の原価計算期間に対応する労務費総額を確定させ、仕掛品と製造間接費へ振り替えるという一連の流れを理解することが重要です。
これらの基本的な考え方と仕訳の流れをマスターすることが、工業簿記の労務費を理解する第一歩となります。
繰り返し学習して、仕組みをしっかり身につけましょう。